−23−

花摘 泰克
写真 飛田 信彦

夕映えの中、畜舎に帰るラクダの群れ。地表に残雪のように見えるのは、大地から噴き出した塩の結晶だ。遠くにイランとの境をなすコペット・ダグ山脈が延々と連なる
 
 トルクメニスタン共和国の首都アシガバートの市街を出て、車を東へ走らせたのは1998年12月中旬の寒い朝だった。

 市中心部周辺の旧ソ連時代にできたアパート群を抜けると、視界が一気に広がった。一面、カラ・クム(黒い砂漠)の不毛の地だった平野は、いまは総延長(850キロ)が世界最長といわれるカラ・クム運河のおかげで緑化が進んでいる。

 小麦畑の雑草を取る農家の主婦や、澄んだ大気の中に細い筋を描く草焼きの煙−−つい先ほどまでは、ビル街のいたるところで独裁者ニヤゾフ大統領の顔写真に見つめられていたのが、打って変わった牧歌的な風景に迎えられて体全体がすっと軽くなった。

 目的地は200キロ先のメルブの遺跡である。

 紀元前1000年以上前からの歴史を持つメルブは中央アジア最古の都市の一つだ。アレクサンドロス大王の死後、紀元前3世紀に生まれたパルティア王国の都として、次いで紀元後三世紀にはササン朝ペルシャの支配となり、11〜12世紀のセルジュク・トルコ時代に最も繁栄した。滅亡は他の中央アジアの諸都市と運命を同じくして1222年のモンゴル軍の攻撃、破壊による
 
 この2000年を超える歴史を宿す地には、4つの宗教の共存と相克の跡が見られる。

 古代ペルシャのゾロアスター教(拝火教)、 南のインドから入った仏教、西方から伝わったキリスト教ネストリウス派、そして七世紀のアラブ人の侵入とともに支配的になったイスラム教。拝火神殿や経典など、それぞれの建築物や遺物が豊富に残されていた。

 シルクロードを介して東方世界と西方世界があるいは衝突し、あるいは融合した中央アジア世界の面目躍如たる遺跡だ。

 メルブ滅亡後に生まれた新都市マリの市街地に入った時、すでにあたりは暗くなっていた。

 日暮れ前、畜舎に戻るラクダの群れを撮影した。ラクダを追っていた若い男はこちらを振り向いて、撮り終わるのをしばらく待っていてくれた。終わったよと手を挙げて合図すると、向こうも手を挙げ、ゆっくりと群れを進めて去った。

詳細地図