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嶋田 健
写真 北野 清

砂だらけ、土ぼこりだらけのドライブが続いたあとだけに、あぜ道のぬかるみが懐かしく、うれしかった。後方中央の高峰はパミール高原の7000m峰だろう。ここから流れ落ちる水がオアシスを支えている
 
 ここは本当に砂漠に接するカシュガルなのか。思わずそうつぶやかずにはいられない光景に出くわした。

 みずみずしい緑の苗、農民の足をぬらす澄み切った水、そして背後に控える純白の山塊。日本の越後平野、あるいは北海道の上川あたりの景観といってもおかしくない。稲作民族の日本人としては、心底ほっとする光景だ。

 しかし、ここは間違いなく中国新疆ウイグル自治区はカシュガルの水田なのだ。ロバ車が行き交うほこりっぽい市街から車でわずか15分ほどの農村である。

 田植えのために苗代から苗をとっているウイグル族のマイマイティさん(37)に聞くと、「苗のできは上々で、秋が楽しみだ。最近の収量は1畝(ムー)当たり約350キロだね」と答えた。1畝は667平方メートルだから10アール当たりに換算すると500キロ強になる。ほぼ北海道の水準と同じだ。

 タクラマカン砂漠の縁にあるカシュガルの年間降雨量はわずか50ミリほどしかない。それなのに、湿潤アジアを代表する作物の水稲が、なぜ栽培できるのか。

 内陸のカシュガルは、冬には氷点下20度以下になることもあるが、夏には40度を超える日もある。温度は十分だから、水さえ確保できれば生産力は高いのだ。
 
 その水は意外にもたっぷりとあった。南にそびえる標高7,000メートルを超えるパミール高原の雪山から流れてくる。市内には雪解け水を集める川がとうとうと流れていた。しかも、最近では農業用水池などもかなり整備され、水の供給は安定している。

 新疆ウイグル自治区の面積は日本全土の4倍以上もあり、その大半は乾燥地帯だ。北の天山山脈と南の崑崙(こんろん)山脈に挟まれたタリム盆地のタクラマカン砂漠だけでも、ほぼ日本と同じ広さがあり、ここは完全に砂だけの世界になる。

 自治区全体を見渡しても、水稲を栽培できる地域は極端に限られる。カシュガルの水田は、やはり天下の奇観というべきだろう。

 オアシスのことを漢語で「緑(りょく)洲(しゅう)」という。砂漠に浮かぶ緑の島、といった意味だ。初夏には水田が早苗で埋まり、秋には稲穂がこうべを垂れるカシュガルはまさにオアシス中のオアシスである。

 昼食にウイグル語でポロ、漢語で抓飯(そうはん)と呼ぶ羊肉入りのいためご飯が出た。ウイグル族が手でつまんで食べるので抓飯という。こくのあるいい味だった。しかし、水田を見て里心がついたのか、梅干しを入れた握り飯を食べたくなってしまった。

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