「万人」という表現は決して誇張ではなかった。舞台には大学生、看護婦・医師、建設兵団など九つの組織代表が登場した。いずれも400人から500人の大合唱団で、ほとんどウイグル族だ。広場後方には何千人もの見物客が押し掛け、さらに広場周辺も群衆で埋まっていた。

 北京から通訳として私たちに同行した中国歴史博物館の張凱さん(24)は出演組織名、曲名、内容を翻訳、メモするために大忙しだ。そのメモによると、歌われたのは『五十六民族は五十六の花』『わが祖国』『団結こそ力』など、異なる民族の団結を呼び掛けるもの、あるいは中国共産党の指導をたたえる内容だった。

 少々げんなりするようなプログラムだが、実際に聞いていると大合唱の迫力に加え、踊りをつけたり、旗を振ったりなどの演出もあり、けっこう楽しめた。それにしても、これほど大仕掛けの民族団結集会が開かれることには驚かざるを得なかった。

 合唱大会の四日前の新聞「新疆日報」は、第二面すべてを使って「各民族大団結の旗幟(きし)を高く掲げよう」「マルクス主義民族観を堅持しよう」と題する二つの論文を掲載していた。合わせて漢字13,000字に上る両論文は、新疆の安定のためにいかに民族の団結が重要か、そのために民族分裂主義と非合法宗教活動に対する戦いをいかに強力に展開しなければならないか、を説いていた。

 その後の取材で、自治区政府幹部も、漢族とウイグル族の関係は総じて良好だが、独立などを求める一部過激派が爆弾テロなどを起こしている事実を認めた。ウルムチの外資系企業に勤めるある漢族は、ソ連解体をきっかけにカザフスタン、キルギスなどウイグル族と同じトルコ系の隣接国からのテロ支援が活発化している事情を解説してくれた。トルコでも反中国ウイグル人組織が活動しているという。

 中国全体では12億の人口の9割強を漢族が占めるが、新疆ではウイグル族が多い。カシュガルは人口25万の4分の3がウイグル族だ。漢族主体の中央政府・共産党に対する反発がウイグル族の間に根強く存在することは容易に想像できる。合唱大会がみごとに演出された催しであればあるほど、中国における民族問題の重みを描き出しているようにみえた。

 もちろん、実際に新疆に暮らしている人々がいつもこぶしを突き上げているわけではない。合唱大会では、ウイグル青年たちの明るくたくましい姿を見ることができた。

 看護婦・医師合唱団は私たちの席のすぐ後ろに控えていた。神聖な合唱大会の場だというのに出番以外は舞台などそっちのけ。席を立っておしゃべりはするわ、来賓用に配られたミネラルウオーターを失敬するわと実に屈託がない。日本語を独学しているという女子看護学生の一人が私に近寄ってきた。「ワタシハ ニホンジンデス」と上手にしゃべったのには感心した。カメラを向けると、待ってましたとばかりに仲間とポーズを作ってくれた。

 合唱大会の最後、地元紙カシュガル日報の記者が「大会をどう思うか」と聞いてきた。人民解放軍を除隊したばかりという20歳の少年のような記者だった。カメラマンも一緒だ。突然の取材にあせったが、「こうした大規模な大会が開かれること自体が民族問題に対する中国共産党の一定の自信を示すものだろう。本当に混乱していたら開けないはずだ。同時に、民族問題で不安がなければこうした大会を開く必要はないだろう。新疆の民族問題を知るうえで大いに勉強になった」と答えた。

 残念ながら、私のコメントは没になった。しかし、いいことがあった。インタビューを受ける私を有名人と勘違いしたのか、別の美しい女子看護学生が私にサインを求めてきた。彼女が差し出したのはなんと看護婦帽だった。同級生の視線が集まるなかで恥をかかせるわけにはいかず、国有財産かもしれない純白のナースキャップにサインをしてしまった。

カシュガルを流れる川の橋に文化大革命時代のものらしい「毛(沢東)主席万歳」の標語があった。北京や上海では最近ではほとんどみかけない

「新疆の安定に影響を与える主要な危険は民族分裂主義と非合法宗教活動である」と漢語とウイグル語で書かれた看板。新疆の至るところでみかけた

民族団結強調月間の模範として表彰された人民解放軍のウイグル族の大校(中央)とタジク族の中校(右)。人民解放軍の「校」官は佐官に当たる。大校、上校、中校、少校の四階級がある。左にあるのは賞品の毛布
合唱大会で出番を待つウイグル族の女子学生たち。ビロードにビーズをあしらった民族帽がかわいらしい