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嶋田 健
写真 北野 清

合唱大会の終幕間近、すでに午後10時半を過ぎているが、まだ明るい空に花火が上がった。高く右手を挙げる毛沢東像、赤い横断幕、大合唱団に笑顔の踊り手。中国の“政治イベント美学”の一つの典型がここにある
 
 「あすの夜の“心連心”合唱大会をご覧になりませんか。一万人が参加します。これほど大規模な催しは初めてなんですよ」

 中国新疆(しんきょう)ウイグル自治区の最西端のオアシス都市カシュガルに滞在していたある日、カシュガル地区外事弁公室の報道担当官からこんな誘いがあった。「心連心」の意味がよくわからないが、初めてという言葉にひかれ、参加を承諾した。

 翌日の午後8時、ホテルから会場の市中央の人民広場に向かう。8時といっても空は明るい。

 中国の国土は米国とほぼ同じ東西の幅があるが、複数の地域時間を設定している米国とは違い、北京を基準にした全国統一時間を採用している。だから、西の果てカシュガルにいると時の進み方が時計よりも3〜4時間遅く感じる。

 同じホテルに泊まっている中国人客を多数乗せた大型バスが何台も出発し、私たちの車は最後尾についた。単なる娯楽の合唱大会に向かうのではないことはすぐにわかった。なにしろ、車列の先頭には公安(警察)のパトカーがつき、私たちを先導したのだ。

 
 広場の100メートルほど手前にロープが渡され、そこから先に入れない一般市民がぎっしりと群がっている。警察官の誘導でここを通過し、広場に着くと、中央にそびえる故・毛沢東主席の巨大な像直下の舞台前に席が用意されていた。赤い横断幕に「喀什(カシュガル)“心連心”万人合唱晩会」と書かれている。

 開会のあいさつに立ったのは共産党地区委員会幹部のウイグル族の女性だった。ウイグル語の演説は漢語に翻訳される。その内容から、この合唱大会がウイグル族などの少数民族と漢族との団結を促進するための催しであることがわかった。「心連心」とは、心と心を結んで仲良くしよう、といった意味なのだろう。

 事前には知らなかったが、私たちが新疆入りした五月は民族団結強調月間だった。このキャンペーンの打ち上げが合唱大会らしい。そういえば、ホテルの外国人は私たち取材班だけで、ほかの客は地区各地からやってきた少数民族の幹部たちだった。

 多民族国家の中国では、いつの時代も民族による対立、戦いが繰り返されてきた。現代中国もこの問題と無縁ではない。「民族の十字路」とも呼ばれるカシュガルは、反漢族の動きが根強い南部新疆の中心でもある。

 「唯物」が建前の国の「心と心」。官製の仕掛けにうっとうしさを覚えつつ、どんな合唱大会になるのか興味がわいてきた。

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