「ヌルムハメド・ズナンです。帯広畜産大学で農業経済学を1年間勉強しました」。見事な日本語の主は、自治区政府の農業庁外国経済処の副処長を務めるヌルムハメドさん(34)だった。イスラム教徒のウイグル族だ。

 日本風にいえば、外国との経済協力問題などを担当する課長補佐にあたる。農業、民族問題などを取材したいという私たちの要請を受けて政府が手配した中堅官僚による勉強会に出席してくれた。

 名刺を見てびっくりした。「努爾穆罕黙徳・祖農」。これで冒頭の読み方をする。自治区ではウイグル語といわゆる中国語(漢語)とを併用する。アラビア文字を基礎にしたウイグル語文も使われるが、固有名詞には漢字の当て字もある。ウイグルは維吾爾、ウルムチは烏魯木斉といった具合だ。

 勉強会の後、ヌルムハメドさんがウルムチの繁華街を案内してくれた。新華書店には、漢語の本とともにウイグル語の本も多数並ぶ。書店の前の映画館に「泰坦尼克号」という大きな黄色の垂れ幕がかかる。あの「タイタニック」。北京とほぼ同じ時期のロードショーだから、首都との文化的時差は大きくないようだ。

 まちを歩いていて、どうしても気になることがあった。ほとんどのウイグル族は、一目見ればそれとわかる顔つきをしている。そのウイグル族の若い二人連れを見かけないのだ。中心部の人民広場は夕刻になると漢族の若者たちのデートの場となる。目をそむけたくなるような濃厚な口づけを平気で交わす男女もいる。でも、ウイグル族のカップルはいない。

 この疑問に答えてもらうのにぴったりの人物が私たちの身近にいた。新疆取材の全行程に同行した新疆文物考古研究所のゼパールさん(24)だ。ウイグル族だが、陝西省西安の西北大学で学び、漢族の暮らしぶりもよく理解している。ウイグル族の婚約者がいる。「もちろんデートはしますよ。夜が多いから目立たないんです。確かに、昼間に手を組んで外を歩くようなことは少ないでしょうね」と流ちょうな漢語で教えてくれた。

 ウイグル族は「最も戒律の緩いイスラム教徒」といわれる。若い男性は人前で酒を飲み、たばこも吸う。女性はミニスカートもはく。モスクにお祈りに出かけない人も多い。しかし、さすがに男女が親しさを示すような大っぴらな行動は控えるのだ。やはりイスラム教は生きている。

 新疆の主役はウイグル族だが、ほかにも少数民族がいる。ハザク(カザフ)族120万人、回族73万人、キルギス族、モンゴル族各15万人、シボ族、タジク族各3万人と続く。

 自治区博物館で興味深いことを聞いた。女性研究員のマイヌールさんはウイグル族だが、夫は新疆に約1万人いるウズベク族。では漢族とイスラム教民族との結婚はあるのだろうか。マイヌールさんは「ほとんどありません。生活習慣が違うので不都合が多過ぎるから」と答えた。異民族婚で生まれた子供は18歳になった段階で民族を選べるという。

 ウイグル、ハザク、回、キルギス、タジク、ウズベクはイスラム教を信仰する。ややこしくなるが、このうち回族は漢語を話し、タジクはイラン語系言語を使う。ウイグル、ハザク、キルギス、ウズベクはいずれもトルコ語系に属し、それぞれの民族言語をしゃべってもかなり通じる。宗教、言語に共通性があれば結婚に無理はない。

 新疆の西には、旧ソ連に属していたカザフスタン、キルギス、ウズベキスタンなどの共和国がいま独立国として続いている。新疆に住む各民族の親類筋にあたる。中国最西端の新疆は、アジア西部に広大な面積を占めるトルコ系世界の東縁にもあたる。

 ある夜、やぼと知りつつゼパールさんとフィアンセのデートに同行させてもらった。ディスコの暗やみに目を凝らすと、確かにウイグル族のカップルが何組かいた。お立ち台の上もウイグル女性だった。若者たちがしっかりと楽しんでいることが確認でき、少しほっとした。

自治区博物館の女性研究員マイヌールさん(左端)が展示説明員を紹介してくれた。右から漢、モンゴル、ハザク、ウイグル、シボ、ウイグル、ウイグル。全員が自民族語に加え漢語をしゃべる

繁華街のあちこちで「泰坦尼克(タイタニック)号」が上映されていた

日が落ちると、ウルムチ中心部の十字路から東西南北に向けて何百メートルにもわたって野外食堂が店開きする。客にはイスラム教徒のウイグル族が多いので豚肉料理はない
天山山脈の北に位置する首都ウルムチ。1970年代末からの改革・開放政策の推進により、近代都市としての整備が進む。30階を超える高層ビルが林立し、自動車専用道が走る