「トルファン市の年平均降雨量は16.6ミリ」

 新疆ウイグル自治区政府が発行する資料を見て、うなってしまった。16ミリといえば、日本なら強めの夕立の1回分だ。札幌の年間降水量の約70分の1、東京の100分の1に過ぎない。つまり、トルファンでは雨は降らないに等しい。北緯43度で札幌とまったく同じだというのに。

 気温もすごい。40度に達する日が年間40日もある。50度近くになることもあり、そんなとき、地表温度は70度を超える。さらに「トルファン地区は風が強く…。風沙(砂嵐)は激烈」とある。

 これはもう“極地”ではないか。事実、トルファン郊外にはイスラエルの死海に次いで世界で二番目に低い海抜下154メートルの地点がある。よく人間が定住してきたものだ、とさえ思う。こんな環境下、いかにブドウが乾燥に強いとはいえ、トルファンの干しブドウ生産は中国の4分の3を占める。

 秘密は、なんと「豊富な水」にあるという。新疆生物土壌沙漠研究所の宋郁東副所長が「トルファン周辺にはカンアルジン(坎児井)という地下水路が網の目のように張り巡らされています。天山山脈の雪解け水を源にしています」と教えてくれた。トルファン付近だけでも約100本、総延長は5000キロにおよぶ。

 坎児井はカレーズとも呼ばれ、北アフリカから中央アジアに至る乾燥地帯に分布する。新疆ではウイグル族の農民が竪穴と水路を掘り、維持管理に当たってきた。「坎児井はシルクロードが誇る偉大な民族文化、農民が築いた地下の長城です」と宋さんは力を込めた。澄みきった坎児井の水を口に含むと全身にそう快感がしみわたった。

 地下水路に支えられたオアシス農業の傑作はブドウだけではない。自治区園芸学会理事長を務める政府職員の畢(ひつ)可軍さんは「ブドウとともにこの地域を代表する作物にハミウリがあります」と誇らしげに強調する。トルファンの東約300キロにあるハミ(哈密)の地名を冠したメロンだ。ハミの地名をつけることに抵抗がある他の産地の人々は「甜瓜(甘いウリ)」と呼ぶ。

 内陸乾燥地帯の寒暖の差の大きい気候がその名の通りの甘みをはぐくむ。厚い皮に守られて日持ちがよい。良質の飲料水をみつけにくい新疆の旅では水分、糖分の補給に絶好の食品だ。果肉は白もあれば夕張メロンのようなオレンジ色もある。

 愉快な話を聞いた。秋から冬にかけて区都ウルムチ(烏魯木斉)をたつ長距離列車や飛行機に乗る外国人は、手荷物の置き場探しに苦労するという。なにしろ大半の中国人客が、ラグビーボールのようなハミウリをいくつも抱えて乗り込んでくるからだ。新疆土産の人気ナンバー・ワンなのだ。「ハミウリは海外でも競争力はあると思います。香港、シンガポールに輸出したことはあるんです。ただ、日本への輸出はまだありません」と畢さんはちょっと残念そうに語り、「見栄えや包装など、日本のメロンを参考にしなければならない点があるでしょう」と付け加えた。

 市街地を囲むように広がるブドウ畑の一角をたずねたのは、早くも日中の気温が30度を超える5月の末だった。ブドウの実はまだ直径数ミリしかない。「私の畑は1畝(ムー=667平方メートル)。ざっと2000元(1元は約14円)の収入がある。まずまずだと思うよ」。草取りをしながらそう語るウイグル族のアブドラさんの年齢を聞いて驚いた。55歳という。正直なところ10歳以上老けて見える。

 この後、新疆のさまざまな少数民族と接するたびに、ほとんどの人が年齢よりはるかに老けて見えることにショックを受けた。それは、“極地”の過酷な自然のなかで、ブドウやウリを豊かに結実させる営みの厳しさを物語っているように思えた。  

市場でウイグル族の女性がハミウリとスイカを売っていた。日持ちがよく、水分、甘みを豊富に含むハミウリは地元の人々にとって貴重な食品だ=閻醒民撮影

清冽(せいれつ)な水が走る「坎児井」。万里の長城、大運河とともに「中国の三大土木事業」と称される。歴史は紀元前にさかのぼるともいわれるが、現在トルファンにあるものは清代以降に造成され、改修を続けてきたものが中心だ=北野清撮影

トルファンの市街地に続くブドウ畑と乾燥小屋。乾燥小屋は農家の階上に設けられる例が多い=北野清撮影
トルファンのアブドラさんのブドウ畑。日本のブドウ棚とは異なり、地面近くに横に渡した鉄線につるを絡ませる=北野清撮影