ユートピア
マレーヴィチ「シュプレマティズム」(図版F)には、ひとのすがたもなければ、海や山の風景もありません。白地に、先端が細くカーブしていく黒い色面が描かれているだけです。マレーヴィッチは、彼自身の精神の中からつかみ取られた未知の感覚を、色とかたちだけであらわしたのです。抽象絵画とは、現実のものを再現するのではなく、ほかのどこにもない純粋な世界(ユートピア)を新たに築くものだといえるでしょう。
ステラの<トムリンソン・コート・パーク>(図版G)では、あらわされているのはエナメルの帯の黒い色、帯と帯の隙間に残された白い線だけです。その結果生まれる矩形の繰り返しは、厚く塗られた黒の重厚なカンバス地の色彩と相まって、厳格な原理によって統べられた禁欲的世界を思わせます。

図版F
カジミール・マーレヴィチ「シュプレマティズム」
Kasimir Malevich"Suprematisme"
1916-17年頃
図版G
フランク・ステラ「トムリンソン・コート・パーク」
Frank Stella"Tomlinson Court Park"
1959年
(c)Frank Stella/ARS,New York&SPDA,Tokyo,2000


コーネルの「無題(ラ・ベラ)」(図版H)の女性は、16世紀イタリアの画家・パルミジャニーノによる肖像画がもとになっています。コーネルは図版で見かけたこの女性像に魅せられ、遠く時代を隔てた少女へのオマージュを作品にしました。いまここにある現実の世界ではなく、憧れやひそかな願いといったこころのなかにある世界を表現しようとする試みは、20世紀美術において重要な流れをかたちづくっています。
シュルレアリスムの画家・エルンストの<入る、出る>(図版I)は、詩人・ポール・エリュアール邸に寄宿した際に描いた装飾画の1点です。一連の壁画は後の住人によって覆われ、1967年に再発見されました。

図版H
ジョゼフ・コーネル「無題(ラ・ベラ)」[パルメジャニーノ」
JosephCornell"Untitled(La Bella[Parmigianino])"
1956年頃
(c)Joseph and Robert Cornel Memorial Foundation/VAGA,New York&SPDA,Tokyo,2000
図版I
マックス・エルンスト「入る、出る」[ポール・エリュアール邸のドア]
Max Ernst "Come in,Go out [Door of Paul Eluard's House]"
1923年
(c)ADAGP,Paris&SPDA,Tokyo,2000

ここで紹介した以外の作品についても、興味深いエピソードや意外な鑑賞のポイントを紹介し、1点1点の作品を多様な角度から鑑賞いただけるよう工夫を凝らします。この夏、本展を鑑賞して、20世紀美術に親しんでみませんか。


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