◆エコノミークラス症候群 気軽に海外…思わぬ危険

機内の長旅過酷な環境

静脈に血栓酸欠状態重症なら死亡、豪では訴訟

 航空機の長旅から解放されて空港についたとたん、突然胸が苦しくなり、そのまま死に至ること
もある「エコノミークラス・シンドローム」。今年十月にシドニー五輪帰りの英国人女性がロンド
ンの空港で急死、豪州では被害者や遺族が集団訴訟を構えるなど注目が集まっている。国内でも成
田赤十字病院には六年間で二十二人、平成十二年には十二月上旬までに八人が運ばれ、増加傾向と
いう。前年のY2K騒ぎの反動、さらに世紀越えとあって空前の海外旅行ラッシュとなっている今
年末、運輸省では「旅行者は十分気を付けてほしい」と話している。(大野正利)

≪気圧低く乾燥≫

 エコノミークラス・シンドロームの正式病名は「深部静脈血栓症(DVT)」と肺塞栓(そくせん)
症の合併症状。とくに国際線のエコノミークラスの旅行者に発病例が多いことから、俗称「エコノ
ミークラス・シンドローム」と呼ばれている。

 地上から数千メートルの上空を飛ぶ航空機の機内は「〇・八気圧」に保たれている。富士山五合
目と同じで、酸素濃度は地上の八割程度、湿度は五〜一五%でサハラ砂漠よりも乾燥している。乗
客は水分不足に陥り、血管内では血流停滞が起こり、血液濃度が高くなる。

 さらに、同じ姿勢で座っているため、足の筋肉運動をポンプ代わりに血液を心臓まで戻している
下肢の静脈では血液凝固が始まり、血栓ができる。

 目的地に到着して歩き出すと血液は再び流れ始め、これに乗って血栓が心臓から肺に達して肺の
血管をふさぐ。軽い場合はせきや胸の痛みですむが、肺が酸素を取り込めなくなって呼吸困難にな
り、酸欠状態で激痛のうちに死に至ることがある。

 国際旅行医学会正会員で旅行医学の専門医療機関「オブベースメディカ」代表の篠塚規医師は
「機内は想像以上に過酷な環境ということを認識してほしい」と語る。

≪若い女性も急死≫

 これまで血管が老化した中高年に多いとされていたが、十月にシドニー五輪帰りの二十八歳の英
国女性が帰国直後のロンドン・ヒースロー空港で急死したことで事態が変わった。

 英上院科学技術委員会は、十一月下旬、政府や航空会社に調査を促す報告書を提出した。症例の
データ収集や座席の広さに関する正確な情報の提供、さらに実態調査の実施を訴える内容となって
いる。

 豪州メルボルンでは十一月下旬、豪州の被害者や遺族ら十人が「危険性の事前報告を怠った」と
して、カンタス航空や英国航空、エールフランスなど、大手航空会社五社を相手に損害賠償を求め
る集団訴訟を起こすと発表した。

 会見したヘンダーソン弁護士は「最終的には原告数は約二十五人に達するだろう」と話してい
る。

≪100%予防は可能≫

 エコノミークラス・シンドロームはその発病のメカニズムを把握して対策を講じれば、一〇〇%
予防は可能だという。

 成田空港から運ばれてきた数多くの患者を診た成田赤十字病院内科の森尾比呂志副部長は、「足
がむくんだり、はれたり、ふくらはぎが痛むなどの症状が発病前のシグナル。狭い機内では隣の人
の迷惑になるからと、トイレに行かないよう水分を控える人がいるが、大きな間違いで、意識的な
水分補給と機内の歩行運動を心がけてほしい」と話している。

 また、航空会社や旅行会社でもそれぞれ対策を講じている。

 日本航空では座席に座ったままできる体操を機内放映のビデオで流しているほか、予約時に身体
のどこかに自覚症状のある人が申告すれば、客席乗務員がサポートするシステムを拡充、さらにホ
ームページでも注意喚起を行っている。

 大手旅行代理店のJTBも、「正しい知識を持ってもらうよう、搭乗員教育を充実したい」とし
ている。このほか、ルフトハンザ・ドイツ航空ではアニメで座席での体操を紹介、発病防止に努め
ている。

         ◇ 

【エコノミークラス・シンドロームの予防法】

▽旅行の2、3週間前からふだんより多めの運動やストレッチなどを行う

▽愛煙者は長いフライトの前にはたばこを控える

▽機内や空港ではふだんより多めに水分をとる(ビールやコーヒーなど尿を多く出す作用のある飲
み物はなるべく避ける)

▽遠くのトイレを使用するなど、機内ではなるべく歩くようにする

▽座席では1時間に3〜5分間、屈伸やかかと、ひざの上げ下げなど軽い運動を

▽心筋梗塞(こうそく)や脳梗塞、高コレステロール血症のコントロールの悪い人、 さらに糖尿病
の人は事前に医師に相談する

(「オブベースメディカ」代表・篠塚規医師のアドバイスによる)