Getting It Down to a Formula
これであなたも経済の達人
ちょっとしたマクロ経済学の恒等式を覚えておくだけで
その国の経済状態や、必要な財政・金融政策がわかってくる
マクロ経済とは何か、景気はどうやって測るのか――その答えは簡単な等式の中にある。
ある国の経済の規模を測る尺度には、国民総所得やGDP(国内総生産)がある。ここでGDPを示す記号をYとしよう。するとG+C+I+X-Im=Yという恒等式が成り立つ。
これこそが、マクロ経済学の神髄だ。その国の経済規模は、政府購入(G=government
purchases)、消費(C=consumption)、投資(I=investment)、それに輸出(X=
exports)から輸入(Im=imports)を引いた純輸出(net exports)の合計で決まるからだ。
景気とは結局、このYが増えるかどうかの問題にすぎない。G、C、I、Xを増やせば、経済は成長するし、逆に減れば、景気が悪くなる。ではどうしたら、G、C、I、Xが増えるのか。
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G 政府購入を増やすのは簡単だ。文字どおり、中央政府や地方政府がたくさん支出すればいい。軍事支出だろうと、高速道路の建設だろうと、財やサービスを政府が購入すれば、Gはどんどん伸
びていく。
しかし、やたらと支出すればいいというものではない。社会保障や福祉関連支出のような支出は含まれない。財やサービスの購入の代価として払われるのではないからだ。
政府購入には問題もある。財政支出増大の結果、財政赤字という「負の遺産」を残すことだ。
国債の大量発行は金利の上昇を招き、民間投資を抑制するという「クラウディング・アウト」(crowding
out)を引き起こす。政治家が地元に利益をもたらすためだけに計画したような「むだな公共事
業」に税金を使ってはいけない理由はここにある。
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C 消費が増えるかどうかは、消費者の財布のひもの締め具合にかかっている。では、そのひもを緩めるにはどうすればいいか。1つの答えが減税だ。
減税は世帯の可処分所得を増加させる。家計に余裕が生じれば、自動車を買い替えようと思ったり、ちょっと高価なレストランで食事をしようと考えるだろう。ケネディ政権やレーガン政権も、減税が
消費を刺激すると確信していた。
一方、減税は消費につながらないとする説もある。いま減税しても、その分を補うために将来増税があるので、消費は拡大しないという「バローの中立性命題」だ。確かに、減税によって増加した可処
分所得が、将来の増税にそなえて消費ではなく貯蓄に回る可能性は否定できない。
しかし、不況下だったらどうだろうか。現在の悪すぎる経済状態と比べれば、将来はもっと所得が増えるはずだから、減税分を貯蓄しようとは思わないだろう。やはり減税は有効な景気刺激策だ。
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I 投資を刺激するには、企業や個人の借入金に対する実質金利を下げることだ。そうすれば、すでにある借金返済の負担が軽くなるだけでなく、もっと投資しようとするだろう。
では、誰が金利を下げてくれるのか。その主役は各国の中央銀行だ。公定歩合(official
discount rate)などを動かし、市場金利に影響を与える。
公定歩合は、中央銀行が市中銀行に貸し出すときの金利だ。これを引き下げると、市中銀行が個人や企業に貸し出す金利も下がり、お金が借りやすくなる。すると企業の設備投資や個人による住
宅購入が増え、経済が活性化する。逆に引き上げると、お金が借りづらくなり、経済活動は抑制される。
ただし、金利がきわめて低い状況では利下げ効果は著しく低下する。今の日本がそうだ。これを流動性のわな(liquidity
trap)という。
こうした金融政策はタイミングが重要だ。1980年代後半、日本経済にバブルをもたらしたのも、日銀の長期間にわたる低金利政策が一因とされている。タイミングの大切さを示す実例だ。
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X 輸出売上額から輸入支払額を引いた貿易収支(trade balance, X-Im)を黒字にするのはたやすい。輸入数量制限や高率の関税で輸入を抑制し、輸出奨励制度で輸出を拡大すればいい。もっと
も、そんなことをしたら世界中から袋だたきにあう。
間接的に貿易黒字を増やす方法もある。自国通貨の価値を下げればいいのだ。そうすれば自分たちが輸出する製品の値段も相対的に下がり、輸出競争力が増す。
通貨価値を下げるには、中央銀行が貨幣供給量を増やすのが手っ取り早い。インフレに動き、通貨価値は日に日に下がる。
では、貨幣供給量を増やすにはどうすればいいか。中央銀行の公開市場操作(open
market operations)が有効だ。中央銀行が市場から国債を買う(買いオペレーション)と、流通している現金通貨
量が増大する。
ただ、自国通貨の価値が下がっても、すぐに貿易黒字が増えるとはかぎらない。為替レートが下落しても、最初のうちは輸出数量が増えず、逆にレートの下落で輸入金額が上昇するからだ。時間が
たてば、輸出数量が増えるため貿易黒字が増えるだろう。
この貿易収支の運動は、Jの文字に似ていることからJカーブ(J-curve)効果と呼ばれる。
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Y 実質GDPの下落が軽微(経済学者が言う2四半期連続のマイナス)なら景気後退(recession)。もっと激しく落ち、失業の増大と所得低下が伴えば不況(depression)という。
だが、景気はいつもまだら模様。好況だと思っても、意外に悪かったなんてこともある。著名な経済学者も本当は、今の景気がどうなっているかわからないのだ。
ニューズウィーク日本版