高齢者に多い「喪失体験」

老化を加速する可能性も

 人が生きていくうえで不可避なストレス。それを乗り越えることで人としての成長を促す面もあるが、現代社会では、個人の耐性の限界を超えたストレスが目立っている。特に中高年は、リストラや急速な技術革新、配偶者の死などに見舞われ、ストレスにうまく適応できないことも多い。(佐藤安律)

≪個人による差≫

 「同じ内容のストレスを受けても、それに対する反応は個人によって大きく違ってきます」

 ライフスタイルとストレスの研究で知られる大阪大学の森本兼曩教授はこう指摘する。

 外界からの刺激であるストレッサーと、これに対する生体側の反応(ストレス反応)の間には個々人によって異なるライフスタイルや性格、人間関係など多くの要因が介在するからだ。

 ストレスの主な測定法は二つある。ひとつは会社の倒産による失職や家族との死別など人生の出来事でストレスの度合いをみる「ライフイベント(生活出来事)」。もう一つは、日常生活の中での心理的な悩み、いらだちの内容を数値化する「デイリー・ハッスルズ(日常いらだち事)」だ。

 森本教授は「前者では、時代や場所に関係なく配偶者の死、離婚など家庭関連の出来事が大きなストレスになることがわかります。しかしこういう出来事がいつもあるわけでなく、後者で日常生活での心理面の変化を細かくみていく必要があります」と説明する。

≪恒常性の破綻≫

 ストレスにさらされたとき、体内でどんな反応が起きるか、最近の研究は次第に解明しつつある。例えば内分泌系ではこうだ。

 脳の視床下部がストレスを感知すると、CRH(副腎皮質刺激ホルモン放出ホルモン)を放出して脳下垂体へストレス刺激を伝達する。下垂体はACTH(副腎皮質刺激ホルモン)を分泌し、これを受け取った副腎皮質がコルチゾールなどの副腎皮質ホルモンを血液中に放出。この結果、血中の糖が増えたり、免疫力が低下する。

 「コルチゾールが体内で増えると、免疫機能を担っているNK(ナチュラルキラー)細胞の活性が低下し、がんなどの病気にかかりやすくなる」と森本教授は話す。

 こうした反応の一方で、視床下部が受けた刺激は自律神経系を通じて副腎髄質に伝えられ、ここからノルアドレナリンなどを分泌する。こちらは、心拍数や血圧があがったり、胃腸の働きが抑えられるなどの反応を引き起こす。

 これらは、生体が自律神経系、内分泌系、免疫系を総動員して体のホメオスターシス(恒常性)を保とうとするためだ。しかし有効な対処ができなければ、精神のバランスや体のホメオスターシスの機構が破綻(はたん)し、ストレス病を発症する。精神面の失調が出現すればうつ病や神経症となり、身体疾患となるのが心身症だ。

 競争心が強くて物事を完遂しなければ気がすまない。また時間にいつも追われる生活をしていて、責任感が強い。こんな特徴を持つ人は「タイプA行動様式」とよばれ、心筋梗塞(こうそく)などの虚血性心疾患にかかりやすいという。

≪仕事以外も≫

 「老人は急激な環境の変化に効率的に対処できない。若い人にとってのちょっとした変化でも重大な生活上のストレスになる」

 分子生物学から老化を研究している英国・アバディーン大学のローレンス・ホエーリー教授は著書「若々しい脳を保つ」(産業図書)のなかで、こう前置きしてストレスと老化の関係について述べている。

 老人はストレス反応が円滑でなくなるほか、脳の老化に伴い、コルチゾールの生産を調節する機能が低下し、コルチゾールにより記憶をつかさどる海馬など、脳の細胞が損傷をうけやすくなる。活性酸素による脳細胞の酸化が促進され、通常の老化過程を加速する可能性をはらんでいるという。

 高齢者は、人生のライフサイクルの中でも、配偶者や近親者の死、退職など「喪失体験」を中心とした多くのストレスに見舞われる。それにどう対応するか。

 精神科医でストレス科学が専門の大阪樟蔭女子大学の夏目誠教授は「仕事人間だった人は定年後、途方に暮れることが多い。だから現役時代から趣味など仕事以外にも興味を持つようにいっています」と話す。そのうえで、うまくストレスに対処するには「ざっくばらんになれる性格か、何でも話せる家族や友人がいるか、没頭できるものがあるか、この三つが特に大きい」と強調している。

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【ストレスと仕事の効率】

 「ストレスは人生のスパイスである」。ストレス学説を最初に唱えたカナダのハンス・セリエ博士のこの言葉のように、適度のストレスは人生のアクセントになり、メリハリの役割を果たす。過剰ストレス状態となると、心身の不調をきたしてさまざまな疾患の要因になる。