★マフィアとは

 そもそもマフィアとはなんなのか。青山学院大学の寺谷弘壬教授の著書「ロシアンマフィア 旧ソ連を乗っ取った略奪者たち」(文芸春秋)によると、連中の起源は「ブラトノイ(やくざ)」と言われていた犯罪集団という。 そうした正統派やくざ(?)の中で、親分衆が一目置く親分こそ、「ボール・フ・ザコーネ(鉄の戒律を持つ盗人)」と呼ばれるのだそうだ。彼らこそが「リュージ(人間)」とされ、それ以外の小悪党や官憲とつるんでしのぎをしているような手合いは、「スーカ(雌犬)」なのだとか。

 「ロシアンマフィア」では、マフィアほど凶悪かつ巧妙な犯罪組織に達しない連中にはレケット、レケッチールという呼び方もあることを紹介しているのだが、 まぁ一般市民からしたらどっち歓迎されざる連中であることに変わりはない。ある知人は、あえてマフィアとは呼ばず、「ウゴローニキ(犯罪者)」とか、「ムラーシ(人間のくず)」とも呼べばいいのだ−と、訴えていた。確かに、それも一理ある。

 サハリンの地元紙「ソビエツキー・サハリン」のソロチャン編集長や「セコリョシンムン」のリーハンピョウ副社長らの話をまとめると、彼らは恐怖政治を行ったスターリンの時代を生き延び、フルシチョフの時代になって徐々に力を付けはじめたようだ。さらにゴルバチョフの時代を迎えると、市場化の波に乗って闇市場からさらに飛躍するチャンスを得たというわけだ。高まる消費の需要に応じて、求める人に求められるものを「効率」良く供給する−商社というか問屋というか、ブローカーの役目を果たすばかりではなく、国営企業の民営化に乗じて、優良企業を乗っ取ったり、金融市場にまで手を広げていったという。

 もちろん合法的なビジネスばかりではない。あくどい手口、残忍な犯行も含めて、力づくで大金を生み出していったことはだれもが否定しない。

 社会主義時代のソ連はもちろん、消費者優先の市場経済ではないだけに、戦中の日本の配給ではないが、欲しいときに欲しいものが買えるという保証はなく、買いだめが自衛策だったようだ。さもなくば、関係者に賄賂を送って、品物が入る日の情報を手に入れるとか、生きる知恵も必要だったという(今でもそれは継続している部分もあるのだが)。

 闇の流通網が生まれたのは、そういう背景があってのことだ。アメリカで禁酒法が施行された時代、本家マフィアは逆に禁じられた酒を密売して肥え太ったという。いくら鉄のカーテンに覆われた旧ソ連とはいえ、欲しいものは欲しいし、必要なものは必要なのだ。戦後の日本がそうだったように、闇の経済が市場の機能を果たさざる得なかった面もあるのだろう。

 さて、ソ連が崩壊しても、世の中は一気に豊かになるものではない。交通網や流通組織などの基盤整備が進まず、生産力の向上が伴わないロシア経済は当然、国際的な競争力が高まるはずもない。それどころか、赤旗というか、鉄のカーテンというか、「公式統計数字」という嘘で覆い隠していた国家の非力さがはっきり表にでるようになった。貨幣としての国際的な実力のないルーブルを、無理にドルと同等の価値があるとしてきた「為替政策」のつけが噴出するのは当然の帰結だ。

 それでも、ロシアへの市場経済導入は、マネーゲームをもたらし、新興成金も生んだ。ただし、生産の現場に行き渡る資金は乏しく、つまるところ、失業者はあふれ、賃金の遅配も続出し、そしてロシアの産業は育ったとはとてもいえないありさまだ。

 そこにロシアの悲劇があると思う。ある日突然、市場経済の時代だといわれても、長年社会主義に慣れきったロシアにとっては、無理な相談だったのではないだろうか。西側、特にIMFは性急に、しかも画一的な市場経済をロシアに求めすぎたのではないだろうかと、個人的には思う。もちろんロシアの側にも、資本投資を保証する体制が整っていなかったため、外国資本が手を出すにだせなかった感はあるのだが。

 さて、世の中でにぎわいを見せているのは、金融派生商品のマネーゲームと自由市場に代表される小売り商人の類。後者の場合、少ない資金で商売を始めるとなると、そうならざる得ないのは当然だが、当時のロシアは「国としての経済力は一向に高まっていない」と思った。

 いずれにせよ金や品物を右から左へ流している人たちが比較的豊かになり、そしてマフィアはそういう経済構造の中でしたたかに基盤を築いたようだ。今日、マフィア抜きで世の中が回らないとさえ言われるだけに、その浸透ぶりが伺える。

 ところで、ロシア全土には、悪名高いチェチェンマフィアばかりでなく、各地にそれぞれの勢力もある。ロシアン統計自体があてにならないともいわれるが、寺谷教授の「ロシアンマフィア」によると、マフィアの構成員は約1万組、50万人に達するとか。その中には、ヤポンチク(日本人)、ギトレル(ヒットラー)などというあだ名のボール・フ・ザ・コーネが300人近くいるとか。

 サハリンでも、大陸の各グループが大陸棚石油開発の利権に絡んでうまい汁を吸おうと触手を伸ばしてきていると聞いた。

 ただ、現代のマフィアはそうしたギャングばかりではない。旧共産党幹部や元KGBの将校など、権力の側にいて体制の変換時に巧みに国の資産を自分のものにした連中や、新体制でのポストを利用して利権をかすめ取っているような連中についても、地元の人々は「マフィア」と呼んでいた。

 例えば、サハリンの羽振りの良い企業のことを調べていると、「あれは元共産党の幹部がソ連崩壊のどさくさにまぎれて作った会社だ」「あれは山賊の会社だ…」と、いずれもマフィアもしくはその同類というレッテルを人々は張り付けていた。

 ソ連からロシアへの転換時、政府が発行したバーチャと呼ばれる民営化小切手(いわゆる株)を私物化した権力者も少なくないという。共産党政権が打倒されながら、旧政権の当事者や共産党関係者、KGB関係者が責任を実質的に問われず、新たな利権ポストへ横滑りしている。本来なら、民主化革命なのだから、ソ連崩壊とともにその権力を支え、その権力を行使してきた人物は弾劾されるはずだ。そこにロシアの特殊性もある。

 詳細には紹介できないが、実際、某・元KGB大佐のように、サハリンでいま注目されている事業に関わっている人物は数知れない。そして州政府庁舎にも、なにかと噂の耐えない人物がいる。地元新聞社の幹部がその人物を指してこういった。「彼の給料だけで、今時郊外に立派な家を建てられると思いますか」と。