★海と川と人と・・・

 


 黒い陰が、目の前をよぎった。

 50、60センチはありそうだ。助手のジェーニャ君と思わず見合った。
 「すんげぇ、でっけぇなぁ」

 郊外へバーベキューに行った川辺で、ビールをあおっていた時だった。5、6匹の大物が水の中を悠々と泳ぎ去っていった。イトウか、それともほかのマスの仲間か・・・

 とにかくでかい。
 「う〜ん、釣り竿があればなぁ」
 あいにく全く釣りのことは頭になかった。とはいっても、先輩の残していった釣り竿は壊れていてまったく使い物にならない。日本なら、簡単に釣り竿も手にはいるが、サハリンではそうもいかない。

 大物を見かけた川は、ユジノから車で30分ほどの山間にある。ヤブ蚊がちょっとうるさいが、バーベキューにちょうどよい空き地を見つけて「いつかここでのんびり楽しもう」と目を付けていた場所だった。

 川辺には樹木が茂り、ワイルドな自然がたっぷり。確かに大物が泳ぎ回っていそうな場所だった。

 今になって思うが、あれもやっておけばよかった・・・これもやっておけばよかった・・・と、後悔ばかりが浮かんでは消える。その一つが釣りだ。

 サハリンは自然の宝庫が残されている。それも市街地からそれほど離れていないのが魅力だ。釣り好きにはたまらない環境といえる。

 実は釣りを始めたのは、帰国後数年してから。サハリンに駐在時は、たまたま誘われてお付き合い海と川へ一度ずつ行っただけだった。しかし、そのときはまだ釣りのおもしろさに目覚めていなかった。まったくもったいないことをしたもんだ。

 海釣りは、ユジノサハリンスクの東、トウナイチャ湖へ行った時だった。湖といっても、サロマ湖のように海とつながっている。すぐそばはオホーツク海だ。長く伸びた砂浜にハマナスが咲いていた。

 広々とした湖の周辺は、保養地としても知られる。晴れ渡った空の下で、潮風を浴びているだけでも快適この上ない。雰囲気としては、道東のオホーツク沿線を思い浮かべてほしい。雄大で、のんびりとした、それでいてどこか激しさを奥に隠し持っている。

 先輩の残していった小型の竿とリールを持っていったまではよかったが、前述の通り、これがなんと使い物にならない。壊れているなんて聞いてなかったぞ〜。

 ぼやいてみても、どなっても始まらない。

 結局、釣りはもっぱら見学のみで、こちらは飲んで、食って、お祭り騒ぎ。

 同行した地元紙、ソビエツキー・サハリンのウラジーミル・ソロチャン氏は北海道で買ったという仕掛けで、オホーツクの海原へエイヤー(とは、言わなかったが)と、キャストした。

 この日のオホーツクは、松山千春の歌のように、静かな静かなベタナギ状態。日本のように三脚を立ててじっと待つというような釣りではない。1本の竿を手に持ったまま、すこしずつリールを巻いて魚を誘う。狙いはカレイだ。

 何度もキャストしてはリールをゆっくり巻く。そしてまたキャストする。ロッドは手に持ったままだから、けっこう良い運動だ。ロシア人が一般的にどういう釣り方をするかは残念ながら知らない。もっと「お付き合い」しておけばよかったなぁ。エサに何を使っているかもわからない。これではサハリンに駐在した甲斐がないなぁ。

 磯の釣りとか、色々な仕掛けについても勉強しておけば良かった。もっとも、ソロチャン氏をはじめ来日したロシア人を案内してよく行ったのは、釣り具と化粧品の店だった。日本の仕掛けはなかなか評判が良い。サハリンではまったく釣具屋なんて見なかった(あるいはどこかにあったかもしれないが・・・)し、ロシアで釣り具を揃えるには都会へ行かないと大変なんだろうなと思っていた。

 ただ、砂浜でカレイを狙う釣り方としては理にかなっていると思う。仕掛けで砂を巻き上げて、カレイの気を引くのは、日本でもよく使う手だ。

 もっとも、セオリーにかなっていても、釣れるとは限らないのが釣りの厳しさ、面白さ。ソロチャン氏は、手の平よりやや大きめのマガレイをゲットしたものの、この日は泣かず飛ばず。大物が上がれば、刺身にしてやろうと思っていたのだけど、夢に終わってしまった。

 その分、シャシリク(肉の串焼き)とウオツカをたっぷり味わった。シャシリクは、中東のシシカバブーを連想してもらうとわかりやすい。串に肉やタマネギを刺し、酢や香辛料で味付けして焼く。単純だが、これがなかなかうまい。

 さて、ロシアの魚料理はどうか。シーと呼ばれるスープやフライ、ソテーが主なようだ。ユジノの「日本料理店」では、イトウの刺身もでてくるが、日本が統治していた時代からあったのかどうか。今の日本では、めったに釣れない魚になってしまっただけに料理の仕方も話題にはならないようだが。

 さて、イトウだとは知らずになんども食べていたが、あるときこれがイトウとわかってからはやめた。イトウはサナダムシの恐れがある。実際、ユジノでサナダムシを宿した日本人もいる。サナダムシが生き死ににかかわるわけではないまでも、きちんと駆除するために入院までした知人を知っている。第一、気持ちが悪いったらありゃしない。

 一方、川釣りはこれまたユジノから30分ほど離れた牧場のそばの川へ連れられていった。雨上がりだったこともあって、ぬかるみの中を歩くことしばし。不審そうに見つめる牛の視線を避けながら川岸へ下りた。

 それにしてもサハリンの乳牛はやせ細っている。見かけた牛の大半はホルスタインだが、道内の牛たちとは大違い。インドでみかける牛のようだ。こんな体でたくさんのミルクがでるのだろうかと、思ってしまう。

 さて、知人に借りた浮き釣りの仕掛けにミミズを付けた。

 「うーん、ロシアでもミミズか」と、妙に納得した。ミミズは万国共通かもしれない。

 そういえば、北海道ではエラコが海釣りのエサの定番だった。しかし、乱獲がたったのか、釣り人が増えすぎたのか、釣具屋でもあまりみかけない。よく見るのはイソメだ。

 イソメはオランダとか、韓国から輸入しているという話も聞いたが、子供の頃、舞鶴の親戚宅そばの川で見かけたゴカイに似ている。二本の牙でかみついてくるのが憎たらしい。はっきり言って、俺はイソメが嫌いだ。ムカデの次に気持ち悪い。

 しかし、これがまた釣れるんだなぁ。イソメを挟む道具も売られているが、これを使っても相手も必死だ。もがくもがく。うなぎほどではないけど、ニュルニュルして逃げられる。軍手でつかんで釣り針を指すのが、俺には一番手軽だと思う。

 それと釣行の少し前に、イソメを塩漬けにすると、浅漬けの塩イソメとなる。これも身がわりとしっかりしている。こちらもお勧めしたい。

 釣行の直前か、半日程度前に塩漬けにして、新聞で挟んで水分を多少抜いた程度のイソメが見た目にも生き生きしていて、なおかつ身がしっかりしている。よく塩イソメは遠投に良いと言うが、ひからびたような塩イソメはぶつぶつ切れしやすい。

 最近、塩イソメを針に付けるときは針に刺してから巻き、さらに針先に刺して使うのだと知ったが、ミイラのようなイソメで本当に魚を釣れるのかと、正直不安になる。

 その点、「浅漬け」だと、お新香のようなみずみずしさ(う〜ん、あまり想像したくないなぁ)。これに桜エビの粉をまぶすとさらに良い。昼はイソメ、夜はサンマが効果的とも聞く。魚との相性もあるらしく、釣りの初心者に過ぎない自分には偉そうに解説できないが、この桜エビ粉トッピング浅漬け塩イソメはお勧めだ。

 話を戻して、川釣り初挑戦は結論から言うと、小さなウグイが一匹でおしまいだった。知人は7、8匹上げていたが、どうにも悔しい。こっちは当たりすらほとんどなかった。後で思うと、やはり狙い場所が悪かった。魚がどこにいるか、推理して狙わなければ確率は悪くなるばかりだ。

 淵や瀬の下流、木の枝に覆われた辺りなど、ポイントをもう少し知っていたらだいぶ違ったろう。魚がエサをどうやって捕食しているか、その生態とか習性を多少知っているだけでも結果は違ったのだが。

 ところで、川釣りはけっこうロシアでもポピュラーなようだ。といっても、遊びと言うよりは魚を食べるために釣るという意味合いが強いようだ。そして単に生活のためというより、むしろ収入を得るために「密漁する」という手合いも少なくない。これがかなり問題になっていた。

 サハリンの川で密漁するといえば、やはりサケ・マス。密漁防止のため監視員もいるし、所定の入漁料を払って決められたエリアで釣りをすることも認められているが、密漁者にはモラルも法もない。

 怖いのは、日本の密漁者と違って、ロシアでは密漁のために人を殺すことも珍しくないのだ。

 ロシアの新聞で、時折、監視員が密漁者らしき人物に撃たれてなくなったという記事がでた。密漁は、クマの領域を侵すことにもなるので、やはり銃は必需品らしい。それが人間にも向けられてしまうところが怖い。

 たかだか、サケやマスの密漁で人まで殺すことはないだろうと思うのだが、どうもわからない。もっとも犯罪者の心理はもともと理解しにくいものだ。むしろマフィアのような連中の場合、組織の防衛を考えて行動するから、やるときはやるものの、いつでもドンパチということはしないそうだ。一匹狼の方が危険ということなのだろう。

 サハリンでは、渓流と呼べるほどの山間に入ったことはないが、聞くところでは、これはもう魚の宝庫らしい。俺が釣った川などは、モノの数には入らないだろう。ちなみに道新スポーツのサイトで、サハリンでの釣りに関するリポートが掲載されているので、URLをご紹介しておきます。
 ★道新スポーツ サハリンMAP
   http://douspo.aurora-net.or.jp/fish-on/special/index.html

 このほか、サハリンの釣りに関連するホームページのURLも下に記しますので、ご参考にどうぞ。ただし、あくまで参考情報としてご理解ください。お勧めサイトということではありません。

 ★日本サハリン協会
   http://www2.dango.ne.jp/sakhalin/index.html

 ★有限会社ツーリストシアター
   http://plaza12.mbn.or.jp/~ttr/ss/sakhalin.htm

 ★ホープツアー
   http://www.njs.ne.jp/~hopetour/

 ★ポーラスタージャパン
   http://www.phoenix-c.or.jp/~plstr-jp/

 ★残間正之の世界釣り紀行
   http://www.t3.rim.or.jp/~zamma/index.html

 ★清水洋一郎氏 Welcome to Granblue Homepage
   http://www.ceres.dti.ne.jp/~granblue/index.html

 ★旅.COM北海道
   http://www.jtb.co.jp/tabicom/main.html

 ★アスク株式会社
   http://www.askinc.co.jp/default.shtml

 ところで、ロシアでは今も、イクラは有力な輸出商品とされている。イクラの缶詰を持ち出すには関税の手続きが必要だし、持ち出し制限もある。今の日本の物差しからすると、信じられないくらいコウルサイ。お土産にされるときは、旅行会社の人と相談したほうが良いと思う。