立ち読みコーナー 
 

 

 

表紙

 

北海道 鉄道駅 大図鑑

北海道の鉄道駅をすべて徹底取材し、全線全駅を写真と詳しい解説で紹介。駅舎はもちろん沿線風景、歴史、駅名の由来、駅スタンプなど鉄道ファン待望の一冊。駅舎の構造、バリアフリー対策も建築家である著者の視点からまとめた。

本久 公洋 著
A5判 396頁
定価 ¥2,520


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はじめに

 本書は、現在稼動しているJR北海道の14路線全465駅(平成19年現在)を、写真と文章で紹介するものである。すべての稼動線を一駅ずつ取材して廻り、ようやく皆さまにお届けできる運びとなった。

 列車での旅行や初めての場所に移動するときなどに、本書を持参するか、前もってこれで調べておくと便利だと思われる。これらの駅情報が、これから北海道旅行をされる方にとってはもちろん、道内居住の方々にも、小旅行や各地の情報収集のお役に立てればうれしいかぎりである。また、故郷を遠く離れて生活している方には、本書によって故郷の駅舎の現状や周辺情報を知っていただけると思う。

 駅スタンプの有無は旅行の記念や収集に趣味のある方への情報提供になるだろうし、駅の近くを通りかかったドライバーの方にも、駅のトイレや駅舎内に入店している特産品売り場や食堂、喫茶店の情報はきっと役に立つと思う。

 駅舎はできるかぎり写真を掲載し、文章で解説しているが、特筆する内容があまりない場合や近くに景勝地がある場合は、駅周辺の風景を写真で紹介している。

 本文を見ていただくとお分かりになると思うが、駅舎の内容だと、どうしても(私の専門である)建築的なことが主となってしまう。建築および鉄道の専門用語は極力使用しないつもりではあったが、しかし多くの情報を提供するためには文章を短くしなくてはならず、固有名詞でもそれを解説するには長くなる名称と工法名のみは専門用語を使用させていただいた。また、専門用語を使用して硬い内容となるのを避けるために回りくどい解説となっている部分も見られるが、読者諸賢の皆さまにはご理解をいただきたい。(2・3頁から一部抜粋)

本久 光洋(もとひさ こうよう)

 

函館駅

 北海道の玄関口・函館駅の駅舎は今の建物で5代目となる。昭和17(1942)年12月に改築された先代駅舎からバトンタッチされたのは平成15年6月21日のこと。道外からのお客さんを迎え入れる玄関口にふさわしい大型の近代的駅舎として生まれ変わった。

  その一週間後の6月28日に再取材で訪れたときには、旧駅舎正面に設けられていたシンボルの「大時計」は取り外され、「たくさんの想い出をありがとう さようなら 大きな大きな古時計」と書かれたプレートが時計の代わりに設置されていた。61年間の役割を終えた旧駅舎は、平成15年7月下旬には解体されてなくなった。

 函館駅は「江差線」と「津軽海峡線」が接続している。青函連絡船が稼動していた時代も、青函トンネルができた現在でも、「函館」が北海道の陸の玄関であることに変わらない。
(10・11頁から一部抜粋)

 

増毛駅

 留萌本線の終着駅・増毛駅は、高倉健・倍賞千恵子主演の「駅・STATION」のロケ地として知られる。

  増毛駅には「丸一本間家」(軟石造りで知られる商家)や「国稀酒造」のような古い史跡や歴史的建造物が残されている。昭和11(1936)年建造の「増毛小学校」は、まだ現役だ。 *「増毛」は、アイヌ語の「マシ、ケ」(鴎の多い所)から出たもの。この地はもと「ポロ、モイ」(大きな湾)といったが、運上屋をここに移し、この地を増毛と呼んだ。(「駅名の起源」より
)(179頁から一部抜粋)

 

稚内駅

 ついにやって来た、日本で一番北にある駅舎である。昭和3(1928)年に、現在の「南稚内」(その当時の「稚内」)と「稚内桟橋」との間に路線が開通した。その際「稚内港」駅として開設されたのが、現在のこの「稚内」駅である(昭和14年2月に名称変更)。

  駅舎は鉄筋コンクリート造り二階建てで、立派な建物である。外壁はタイル張り、一部ガラスブロックで、このガラスブロック壁ほど、旅行者に見られ、写真に撮影されたものは他にないだろう。なぜならば、駅舎の正面ガラスブロック壁の駅名位置には、「日本最北端」の表示があり、ほとんど記念の写真撮影をしていく。

* 「稚内」は(本来は南稚内についての由来だが)、アイヌ語の「ワッカ、ナイ」(飲水の沢)から出たもので、この辺一帯飲水がなく、この地に良い水があるため名づけられたものである。
(「駅名の起源」より)(227頁から一部抜粋)

 

夕張駅

 現在の駅舎は、個性的でメルヘンチックな建物で、かつての炭鉱の街のイメージはまったく残っていない。

  (中略)昭和50年代の夕張駅舎は、木造平屋建ての一般家屋とあまり変わらない表情の駅舎で、それからすでに3代にわたって改築・移転を行っている。 夕張の町は「映画の町」として有名である。各商店には昔の映画看板が設置されていて、訪れる人の目を楽しませてくれる。通りの名称も「夕張キネマ街道」であり、毎年冬開催の映画祭はよく知られている 。

* 「夕張」の呼称は、アイヌ語の「ユー、パロ」(温泉口)から出たものであるという(「駅名の起源」より)
(290頁から一部抜粋)



 
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